彼女はすっかり酔いつぶれて、僕の背中にのって気持ちの良い小さなイビキをかき続けていた。
居酒屋を後にして、彼女をおんぶしながら週末で賑やかなネオン街を僕はタクシー乗り場に向かって歩いていた。
歩きながら、何気無しに彼女が言った事を思い出していた。
「わたし、今まで三ヶ月以上彼氏と続いた事がないんだよね」そう言って彼女は僕が何かを言おうとする前に、居酒屋の中で眠ってしまったのだった。
今日でちょうど僕達が付き合い始めて三ヶ月めだった。僕はあの時、彼女が寝る前に即座に何か言うべきだったと猛烈に後悔し始めていた。
週末のタクシー乗り場は長蛇の列で、30分以上待ったあげくに、やっと僕達の乗る番がまわってきたが、酔いつぶれた彼女を見たタクシー運転手は、泥酔している人は乗せられないと乗車拒否をしてきた。
それでも僕は必死に懇願し続けて、いくらか、上乗せしたお金を払う事で乗車することをタクシー運転手は合意した。
走りだしたタクシーの車内でも彼女は僕の肩に頭を傾けて眠り続けていた。なんとなくきまづい車内で僕は黙ったまま窓の景色を見ていた。
「あんたらカップルかい」と何かを疑うような感じで運転手は聞いてきた。
「ええ、そうですけど」と答えると、運転手はしばらく黙ったままで、それからこう言った。
「お客さん、その女の子を酔わせて無理矢理連れて帰っているんじゃないんだろうね?」
僕はそれを全力で否定したが、それでも運転手はまだ疑っているように話し続けた。
「私には、そのお嬢さんくらいの娘がいるから、もしも、お客さんがそんなふうな事をしようとしているなら許せないよ」
僕は頭に血がのぼった。そして、狭い車内に響きわたるような大きな声で運転手に言った。
「そんなんじゃありませんよ!僕は彼女の事を本当に大切に思っているんです。これまでもこれからもずっと大切です。そんな軽いものじゃない!」
そう興奮しながら言うと、寝ているはずの彼女から、ふっふ、と小さく笑う声が聞こえてきた。言ってしまってから恥ずかしくなり、彼女の顔を覗きこむと、うっすら開けた目で僕の事を見て笑っていた。
運転手も理解してくれたようで、タクシーは無事に僕の家に着いたが、彼女は再び目をつむって自力で起きようとしないので、僕は彼女を抱えて、タクシーを降りた。
「もう起きているんでしょ、歩きな」と言うと、彼女は目をひらきイタズラな笑みを浮かべて、おんぶ、と言った。僕はそんな彼女をおんぶしたままマンションの階段を昇っていった。
それから今は付き合い始めて5年になる。
僕達は毎年付き合い始めた記念日を2人で祝うのだが、実際に付き合い始めた日ではなくて、僕達の中でお互いの事をちゃんと好きだとわかった、三ヶ月後のあの日が記念日となった。