笑顔が重なった瞬間、恋に落ちる音を聞いた。

その人を初めて見たのは、大学の入学式を終えて移動した先のオリエンテーション会場。
目つきが鋭くて、少し個性的な服を着ていて、世の中の大半はつまらない、という顔をしていたのを今でも鮮明に覚えている。でもその時は少し怖そうな人だな、と思っただけで、特にそれ以上の印象はなかったし、実際同じ学科で同じ授業を取っていてもお互い会話することは全くなかった。

実際彼と話すようになったのはそれから一年以上経ってからのことだったなあ。
私が所属していた音楽系のサークルに、二年も半ばを過ぎてから、急に彼が参加してきたのだ。当時私と一緒にバンドを組んでいた仲間と親しかったようで、いわゆる「友達に誘われたから興味本位で参加した」というような経緯だったらしい。その辺りから、私たちの仲は急激に近づいた。

もともと週に3、4回はサークル仲間で飲みに行くような間柄だったのもあり、自然と彼と話す回数が増えたのだ。オリエンテーションの時に抱いた少し近づきがたい印象はどうやら本当にただの「印象」でしかなく、彼はよく笑いよく話すひとだった。私と彼の好きな音楽がかなり似通っていることや、好きな作家が同じ人だったこともあって、私たちの関係はただの顔見知りから仲の良い友達へと急速に変化した。

もしかしたら、この頃には彼のことを好きになっていたのかもしれない。けれど、その時彼には恋人がいたし、私も友達以上の関係になりたいとは全く思っていなかった。それなのに。決定的に恋に落ちたのは、あの時だ。学祭ライブに向けての終日練習中、みんなで一休みをしていたあの時。ワイワイおしゃべりをしながら各々水分補給や軽食を取っていた。それが、ほんの一瞬、時間にしたらきっと五秒くらい。ふっと、全員が黙りこくったタイミングがあった。いわゆる「あ、今天使が通った」ってやつ。その一瞬、何故か彼と目が合ったのだ。そうして、これまた何故か、私と彼だけが全く同じタイミングで吹き出してしまったのだ。二人で涙目になりながらヒイヒイ大笑いして、しかもそれがなかなかおさまらなかった。何が面白かったのか今となってはわからないし、周りのメンバーたちも「え?なに?」という顔をしていた。
その瞬間に、きっと恋に落ちてしまったのだと思う。私たちだけしか理解できない一瞬が確かに今存在した、ということ。それから、相変わらず鋭い目つきをしているけれど、全力で笑ってお腹を抱えている彼の姿。私はそれをとても愛おしく思ってしまったのだ。
とはいえ彼には相手がある。いくらなんでも略奪はしたくなかったし、友人として、お互いに友愛があるならそれでいい、と思うように、自分に言い聞かせながら、その頃は日々を過ごしていた。

そんなある夜のこと。突然、彼からの電話が鳴った。いつもはメールでやり取りをしていて、電話なんてサークル関連の連絡でしか使ったことがなかったから、驚いてすぐに電話を取った。電話の向こうで、彼はじっと黙っていた。沈黙が怖くなり、恐る恐る「どうしたの?」と尋ねると、彼は小さな声で「会いたい」とだけ答えた。私はすぐさま電車に飛び乗って彼の住まいの最寄り駅まで向かった。改札を出てすぐに、手を振る彼の姿を見つけられたけど、笑いながらも相当しょげた様子だったことが今でも忘れられない。

寒いから、と居酒屋に移動してよくよく話を聞いてみれば、一ヶ月前に彼女に振られてからずっと一人で落ち込んでいたらしく、試験が終わって授業もないから誰かに愚痴ることも頭に浮かばなくて、それが今日急に誰かと話したくなったのだそうだ。いつもよりも速いペースで酒が進んでいた。三時間ほど彼の話に相槌を打っていたところで、店を出ようということになった。

駅に向かって歩きながら「寒い」と彼から手を繋いでくる。嬉しくなっている自分のことが可笑しくて、少し笑った。そんな中で「ありがとう。いい女だよなお前」なんて彼が言うから、少し腹が立って、「あんただからだよ。他の人にこんなことしない。」と、つい、返してしまった。言わなきゃよかったな、と瞬時に後悔したけど、彼は「知ってる」とだけ呟いた。そのまま黙って二人で駅まで歩く。改札前で、じゃあね、と手を解こうとしたら、離してくれなくて、また嬉しくなってしまった。その時はもう、何も言わずにいよう、と思っていたけれど、そんなタイミングで「俺と付き合ってほしい」とかなりの直球で言われて、思わず笑ってしまった。一も二もなくその告白を受け入れて、今もなんだかんだで楽しくお付き合いを続けています。