彼は、大学で出会った、同じ英文学科のクラスメイトです。
地方の高校を卒業し、関西一をも誇る大学へ入学した私は、浮足立ちながら入学後1日目の授業を受講。科目は英語のリーディング。第一回目の授業ということもあり、男性は一人ひとりの生徒の名前を呼ぶことにしました。
恥ずかしながらも「はい」と小さく応える生徒や、気合の入った大きな声を出す生徒もいる中、私にとって妙に心地が良い「はい」という男性の声が。そっとその声の主を見てみると、そこには黒い髪・黒い瞳・全身も真っ黒の服という、一見新大学生には見えない風貌で、でもものすごく落ち着いた雰囲気の男性が着席していました。
その男性の名前と顔がなぜか頭から離れず、しばらくはその男性の「はい」という声も耳から離れませんでしたが、特に何かしらの接点を持つというわけでもなく授業は終了。
しかし、次の週に行われた英語のリスニングでの授業の際に、その男性と再び会うことになるのです。
その授業の特色は、パソコンに繋がれたヘッドフォンと付属のマイクを用いて、先生がランダムで繋いだ相手と問題の答え合わせをしたり英会話をしたりといったものでした。
その授業も同じく第一回目だったため、「今から適当にペアを繋ぐので、自己紹介をし合ってください。日本語で構いません。」と女性教授が全生徒のヘッドフォン越しに言い、ブツッという機械音と共に誰かしらのヘッドフォンと繋がれた気配がしました。
恐る恐る「はじめまして。」と語りかけると、同じく「はじめまして。」という男性の声が。私はこの声に聞き覚えがありました。いえ、聞き覚えがあるというより、以前その声に抱いた心地良さを心が覚えていたような感覚。
そして、彼が名乗った途端に心臓が飛び跳ね、思わず大きい声で「えっ?!」と叫んでしまいました。もちろん、ヘッドフォン越しの彼は驚いた様子です。ひとまずお互いの自己紹介を終え授業が進み、終了後に教室内を眺め彼の元へ駆け寄りました。ヘッドフォンで話しただけの相手が自分を見つけたことを不審に思ったのか彼は少し身構えていましたが、事の顛末を説明すると納得してくれ、なぜか「友達になりたい」と強く思った私はメールアドレスを交換しようと持ち掛け、彼も快く了承。
そこから約3年間半、特に進展もなく友達の関係を保ち続けることに。
初めは顔を合わせると少し会話する程度、そして年次を重ねるごとに同じクラスを履修するほどの仲になりました。
私たちに転機が訪れたのは、4年生の就職活動が落ち着いた夏の初め。
そもそも就職活動をしていなかった私はあまり学校へも行かず、就活が終わった友達に声をかけて遊びに行き、夜はバイトという体たらくな生活を送っていました。
そうだ、彼にも連絡してみよう、と久しぶりに思い立ちメールを送ってみると、そういった連絡事には疎い彼から1日後に返事。「内定がもらえたから就活は終わった。近況報告でもしようよ。」と。
結局再会したのは、大学の夏休み期間が終わりを迎える頃でした。場所は水族館。自分で指定したとはいえ、デートみたいで恥ずかしいと思いながらも、普段より身なりに気を遣いました。
約半年ぶりに会った彼は就活での疲労からか少し痩せていて、でも更に落ち着いた雰囲気に。相変わらず服装は真っ黒。
小さな魚と共に大きな1匹の亀が泳ぐ水槽の前のベンチに座り、この半年どのように過ごしてきたか報告し合いましたが、会話が途絶えた瞬間に彼がおもむろに「空きをずっと待ってたんだけど、今ちょうど付き合ってる人いないみたいだし、もう僕にしといたら?」と大胆発言。
実は、私には高校生の頃から長年付き合っていた彼氏がいましたが、向こうの海外留学を機に3年生の秋に破局。そこからも恋はしましたが、長くは続きませんでした。その情報を誰かから聞き入れた彼は私からの久しぶりの誘いに乗り、その真偽を確かめた上で自分の想いを打ち明けたようです。
彼のその口ぶりに驚いたものの、なぜか妙に納得した私は即座に快諾。
そして、その1年後に結婚。「2人が出会えた場所だから」と思い、卒業した大学の礼拝堂で挙式をあげました。
現在は、彼そっくりな顔つきの2歳の男の子がいます。
以前彼に「いつから好きだったの?」と聞いたことがありました。
「初めからだよ。リスニングの授業が終わった後に僕のところへ走ってきて、初対面にも関わらず堂々と話しかけてメールアドレスを聞いてきたところや、笑ったり驚いたり顔がコロコロ変わるところが可愛いなと思って。自分があまり感情を表に出さない性格だからか、表情豊かで人懐っこいところが惹かれたんだと思う。」
知らない人にでも「バイバイ。」と言って笑顔で手を振る息子は、顔はあなたそっくりでも、性格は完全に私譲りのようです。