困った時にヒーローのように現れた彼。でもそれは…。

当時、私が働いていた職場は港の、工場や倉庫が立ち並ぶ地帯にある会社でした。
一般の人が出入りする場所ではないため、公共の交通機関はありません。そのため、そのエリアで働く人たちは駅から出ているリムジムバスのような専用のバスを利用していました。

乗車券の券売機などはなく、乗車する時は運転士に乗車賃を渡すか、事前に購入できるチケットを渡して乗ります。
うっかり小銭を用意し忘れて一万円しか持ち合わせがない時はバスに乗れないので、両替に走らなくてはなりません。
なのでいつも注意していたんですが、その日はすっかり失念しており、バスに乗る時に財布を開けて小銭も乗車券もないことに気付きました。

雨の日でした。
仕事を終え、会社から駅に向かうバスに乗るつもりでしたが、乗車券も小銭もない。持っているのは一万円と数十円。
工場や倉庫が並ぶ地帯なので、付近にコンビニや商店はなく、あるのは自販機だけです。一万円は使えません。
会社に戻って誰かに両替するしかないな、と思いましたが、私の部署はもう誰も残っていなかったのを思い出し、なんとか両替できないか、お釣りはないかと運転士に訪ねました。
「一万円だとお釣りはないよ」と答える運転士にがっくり。
先に乗車しているお客さんと、後ろに並んでいる人たちを待たせていることに後ろめたさを感じ、バスを降りようと振り返った瞬間、後ろの男性が

「二人分です」

と、乗車券二枚を運転士に渡しました。

すると彼は、「あそこ、空いてるね」と2つ並んだ空席を指差し、私を席まで案内してくれました。
良く良く見ると、部署は違うけど同じ会社の人。
色白で茶色の瞳に整った顔、ハーフのようでかわいらしい雰囲気がジャニーズ系と、同じ部署の子が話しているのを聞いたことがありました。
正直、偉そうな態度がナルシストのように見え、私は苦手でした。
何度か仕事でやり取りしましたが、冷たい態度にそっけない返事。
でも総務のアイドルと話している時は笑顔で楽しそうに話してたりして、人によって態度を変える人なんだな、なんて思ってました。

バスの乗車口でモタつく女を見たら舌打ちしそうなイメージだったけど、こんな私まで助けてくれるなんて、意外に優しい人なんだな。
そんなことを考えながらバスに揺られていると、私が帰る時のことをふと思い出しました。彼の部署は結構前にみんな帰ったはず。
コンビニも商店もない場所なのに、どうしたのかな、と思い何気なく彼に聞いてみました。

すると、
「君を待ってたんだ」
と言われました。

ん?

ハテナが私の周りを飛び交います。
理解するまで時間がかかりましたが、そういえば、思い返してみると、朝も夜も、このバスで会うことが多い。
彼の方に顔を向けてみると、驚くほど耳まで真っ赤。
それを見てやっと理解しました。

バスの乗車賃は返さなくて良いから、その代わり一緒にお茶に行きませんかと誘われ、そこで告白されました。
正式にお付き合いしてから知りましたが、彼はあの日だけでなく長い間、私を待ち伏せして同じバスに乗るようにしていたらしいです。

そんな性格な彼なので、お付き合いしている時もお休みの日に自宅前で待たれていたり、連絡がつかないからと最寄り駅で張られていたり。
最終的にはお別れしてしまいましたが、あのバスでの出来事は今でも思い出すと胸が熱くなります。